21世紀の日本

  20世紀末、日本は、富国の為・経済大国(GNP)世界第二位を目指し、企業が利益を上げ、沢山の税金を納め、社員の給料を増やすことを目指した。その結果、専門化を奨め、企業は売り上げを作る専門、経理は経費を減らすことのみに向かった。

  そのため、世の中を幅広く見える人がいなくなり、間口がせまくなった。それが21世紀に入り、国も財源が足りなくなり、企業も右肩下がりになってしまい、窓際族の肩たたき・派遣切りが始まり、新卒者の採用も控えてしまい、就職浪人まで出来てしまった。

 

そんな日本、今、若者達に求められているのは何だろう。

  何を知っているかではなく、何が出来るかが、就職の条件になってきている。

  体育会系のスポーツを経験しろ、  

  そこから得られる忍耐・礼儀・目的を同じにした交友関係、これが出来上がります。

 

  将棋や碁の名人がコンピューターに負けたぞ、やがてコンピューター・ブルドーザーに人が使われる時代が来るぞ、という人がいます。私はそんな社会を作ってはいけないと努めています。

会社の規則・国の法律の中では、コンピューターのほうが優れています。人と人とで成り立っている世の中では、気配り・目配り・思いやりの心があります。コンピューターにもロボットにもない心、それがこれから大切にしなければいけない日本だと思います。

  株式会社の動きに流されて、“お金で買えないものはないのだ”“お金が大切だ”の生き方から自分にとって大切な夢を持ち、それを達成するための計画を立て、今日一日を終わりと成すのは、その練習を成し終えてだぞ、そういう生き方にかえてください。

 

 

高度経済成長の時代は終わりました

  自動車・洗濯機・掃除機・コンピューター・インターネット・ブルドーザーと、人が頭を使わなくても、体を動かさなくても生きてゆける日本を作り上げてしまいました。でも、その裏側で、そのエネルギーのため・原子力の問題が、またCO2のことで地球が悲鳴をあげているのです。今こそ、地球・人間・自然、そして自分ということを等しく考えて生きてゆかなければと教えてくれている様に感じます。

  しっかりと地に足をつけて、智恵を出して工夫して、汗を流して生きてゆく日本、そこに日本がある様な気がします。

 

 

                              工房布礼愛 小林次郎